「バカラの帝王」の異名を持つに至った井川意高氏は、大王製紙の会長という立場にありながらギャンブルにどハマり。
特別背任罪で有罪の末、4年の実刑を受けることになりました。
本記事では井川意高氏の経歴、バカラの実態を見ていきながら、ギャンブルのひとつの側面を見ていきます。
帝王と呼ばれるようになるまでには相当な人生を歩むことにはなりますが、ギャンブルとの付き合い方の参考にもなるでしょう。
「バカラの帝王」なんだかすごそうな人がいるんですね。
あまり想像もつかないよね。どんな人なのか見ていこう!
もくじ
バカラの帝王こと井川意高氏
出典:https://www.amazon.co.jp/
バカラのハイローラーとして日本人で有名なのは、井川意高氏です。
バカラの帝王との異名が付くほどバカラにハマっていました。
ハイローラーとして世界中のカジノのVIP席で遊び、最後には逮捕されてしまいます。
この「バカラの帝王」こと井川意高氏について見ていきましょう。
エリエールで有名な大王製紙の前会長
出典:daio-paper.co.jp
井川意高氏は、エリエールのブランドでよく知られている大王製紙の前会長だった人物です。
大王製紙は紙の生産量では日本製紙、王子製紙、王子マテリアルに続く国内規模第4位。
大王製紙の創業家の出身で非常に裕福な家庭で育ち、42歳で大王製紙社長、46歳で大王製紙会長になった人物です。
広い交友関係も持っていた
井川意高氏は交友関係も広く、政治家、芸能人など多くの付き合いがありました。
社長就任パーティーには、元総理大臣の中曽根康弘氏、サントリー社長の佐治忠信氏、タレントの神田うのなど各界の著名人も列席しています。
また派手な遊び好きでもあり、藤原紀香さん、滝川クリステルさん、田丸麻紀さん、熊田曜子さんとも交友があったともいわれています。
大王製紙創業者・井川伊勢吉の孫として生まれる
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大王製紙は、1928年に井川伊勢吉氏が三島で始めた製紙原料商から生まれた企業です。
1943年に14企業が合同し、大王製紙株式会社となりました。 井川意高氏は、2代目の井川高雄氏の長男として生まれます。
小学校までは、大王製紙四国本社のあった愛媛県で育ち、後に東京に転居。
幼いころから英才教育を受け、筑波大学附属駒場中学校、同高等学校を経て東京大学法学部に入学し、卒業しています。
若くして、代表取締役へ
大学卒業後は大王製紙に入社、三島工場工場次長、常務取締役、専務取締役を経て10年後の1998年には代表取締役副社長に就任しています。
2007年、42歳の若さで大王製紙、第6代代表取締役社長に就任、2011年に社長を辞任し会長に就任した経歴があります。
創業家の出身であることで、順調にトップの座に上り詰めた人物です。
まさにハイローラーなバカラの賭け方
派手な遊び好きであったためか、カジノにハマりシンガポール、マカオのカジノでギャンブルに興じるようになります。
自著の中で、
・運とツキさえ回ってくれば、500万円を5億円に増やすことだってできる。
・150万円を4時間半で22億にしたことだってある。
・12億円、15億円の勝ちだって経験済み。
との記述があるほど、まさにハイローラーな賭け方をしていたのです。
短時間で大きく勝つこともあれば、大きく負けることもある。ハイローラー特有の遊び方です。
軍資金が多ければ多いほど簡単に宝くじほどの利益を上げることも可能、ということを証明していますよね。
マカオではマックスベットで勝負していた
特にマリーナベイ・サンズ、ギャラクシーマカオ、ウイン・マカオといったカジノでは、テーブルのマックスベットとなる50万シンガポールドル(日本円で約3,950万円)でバカラをしていたと言われます。
最初は100万円ぐらいだったようですが、気が付けば数千万円を1回のゲームにベットするハイローラーとなっていました。
こんな賭け方ができるのは、勝率約50%のバカラだからこそ。そして、夢中になるほどに面白いギャンブルだからこそです。
ハイローラーとして有名な日本人のひとり
日本人のハイローラーと知られる柏木昭男氏(1937年~1992年)は、1995年に作製された「CASINO」という映画に出てくる日本人ギャンブラーのモデルになった人物とも言われています。
1回のゲームの賭け金は、20万ドル(日本円で約2,000万円)になることもあり、29億円の勝利や15億円も負けたともいわれている人物です。
井川氏も50万シンガポールドル(日本円で約3,950万円)の賭け金、12億や15億の勝利など勝るとも劣らないハイローラーとして有名な日本人となりました。
最終的な損失額は総額106億8,000万円
いつしか井川氏は負けた金額を取り戻そうと、マックスベットを繰り返すようになります。
マックスベットを繰り返すことで負債はあっという間に大きくなり、100億円以上の損失を出してしまいました。
この時プレイしていたゲームのほとんどがバカラであったため、「バカラの帝王」との異名が付くことになります。
負債総額では軽く柏木昭男氏を超えていますから、皮肉なことにまさに帝王といえるでしょう。
100億円!?だから帝王といわれるんですね…。
想像もつかない規模のギャンブルをしていたんだよね。当然、普通は真似できないけれど
カジノで負けてから逮捕まで
損失が膨らみ、それを取り戻そうとさらに損失を重ね、結果的に犯罪に手を染めることになってしまいます。
おそらくこの時にはすでに冷静な判断をすることができなくなっていたのでしょう。
連結子会社から莫大な資金を借り入れる
自己資金の尽きた井川氏は、借金の返済と更なる掛け金を確保するために自身の立場を利用します。
大王製紙の連結子会社7社から、個人的な借り入れを行いました。
その金額は約60億円にも及び、そのほとんどが、子会社の取締役会の決議や貸借契約書の作成などなく借り入れられたのです。
結局約1年半の間に8社以上の連結子会社から、106億円もの不正な借り入れを行ってしまいました。
特別背任容疑で逮捕される
井川氏への貸し付けは、返済もなされないためこれらの事実は明るみに出ることになります。
そのため井川意高氏は会長職を辞任します。
その後、大王製紙は刑事告訴、東京地方検察庁が特別背任容疑で捜査に着手。
大王製紙は、2011年11月21日に子会社7社から合計85億8,000万円を不正に借り入れたとして告発されます。
井川氏は、2011年11月22日会社法違反(特別背任)の容疑で東京地検特捜部に逮捕されました。
大王製紙事件として収監
逮捕された井川氏は、12月22日に保釈金3億円を支払い保釈されます。
2012年東京地方裁判所は懲役4年の実刑判決を下すも、弁護側はそれを不服として、即日控訴。
しかし東京高等裁判所は1審を支持し控訴棄却、弁護側は上告するも、最高裁はその上告を棄却、懲役4年の実刑が確定します。
2013年6月26日、井川氏は喜連川社会復帰促進センターに収監されることとなり、「大王製紙事件」として広く知られることとなりました。
2017年6月に刑期満了
井川意高氏の刑期満了は2017年6月でしたが、2016年12月14日に仮釈放され、その後刑期満了となっています。
その後、井川意高氏は堀江貴文氏と共著で「東大から刑務所へ」(幻冬舎)を出版。
現在は社会復帰をし、家族とともに生活をしています。
こうして逮捕されて出所、という大波乱な人生を送っている人なの。
社会的な立場も利用したことで事件が大きくなったんですね。
そうだね、その立場にいなければここまでの事件にはならなかったかもしれないね。
まとめ
バカラの帝王との異名もある井川意高氏は、大王製紙の会長という立場にありながらギャンブルによる負債を取り戻そうと不正を働き逮捕されました。
ギャンブルはなくなっても問題のないお金で遊ぶものといわれます。
しかし井川氏はギャンブルに熱中するあまりに負債を大きくし、その負債を取り戻そうと大きな金額の賭けを繰り返しました。
最終的には不正を働き資金を確保するという犯罪行為をすることになります。
ギャンブルは、なくなっても問題のない金額でほどほどに楽しむものであると痛感させられます。
ギャンブルでは熱くなったら負けです。ギャンブルのひとつの怖い側面はしっかりと肝に銘じて遊ぶことが必要でしょう。
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